漫画サブカル
Dec 1, 2025
藤井 厳喜

漫画『キングダム』第77巻。壮大な戦闘や英雄譚の裏側で、「国家とは何か」「王の責任とは何か」を静かに、しかし重く問いかけてきます。描かれるのは、韓という小国が滅びに向かう局面で下される“降伏”という決断。戦えば確実に敗れ、民も兵も大量に死ぬ。だが降れば、国は消え、過去に命を捧げた死者を裏切ることになる。その板挟みの中で苦悩する王と王女の姿は、単なる歴史ドラマを超え、現代の私たちにも通じる普遍的な問いを投げかけます。
第77巻の核心は、韓王が直面する「戦うか、降伏するか」という選択。すでに城は包囲され、戦えば敗北は避けられない。戦争を続ければ、兵士だけでなく民も大量に命を落とすことは明白です。一方、降伏すれば民の命は救える可能性が高いものの、国は滅び、これまで独立を守るために戦い死んでいった人々を裏切ることになる。この「今を救うこと」と「過去に報いること」の衝突こそが、王を最も苦しめます。藤井は、この葛藤こそが国家指導者に課せられる最大の責任だと指摘します。

物語をさらに深くするのが、王女寧の存在です。彼女は降伏後、「すべては自分の責任だ」と語り、死者に謝罪し続けなければならない運命を自覚します。生きている民を救う決断が、同時に無数の死者から呪われる覚悟を伴うことを、彼女は理解しているのです。ここでは、勝者も敗者も救われない戦争の本質が浮かび上がります。
藤井は、韓王の決断を昭和20年の終戦と重ねます。昭和天皇もまた、自らの命や皇室の存続すら保証されない中で、国民を救うために降伏を選びました。過去の犠牲を思えば思うほど、降伏は裏切りにも見える。しかし、それでも未来の命を守るために決断する。この重なりによって、『キングダム』は歴史漫画を超え、「国家が滅びるとはどういうことか」「責任とは誰が引き受けるものなのか」を私たちに突きつけます。最後まで読むことで、この問いは読者自身に返ってきます。

降伏は“敗北”じゃない
キングダム77巻が描く、王だけが背負う決断の重さ
死者を裏切るのか、未来を裏切るのか
韓王と王女寧が突きつけた、国家の最終選択
キングダムは戦争漫画じゃない
滅びる国から学ぶ「責任」と「生き残る倫理」
『キングダム』を読んできた人なら分かると思いますが、この作品は単なる戦や武功の物語ではありません。第77巻であらためて突きつけられたのは、「正解のない状況で、なお決断しなければならない者の孤独」です。勝てば英雄、負ければ愚王。そんな単純な評価が通用しない局面で、何を守り、何を切り捨てるのか。これまで幾度となく描かれてきた“将の覚悟”とは質の違う、国家レベルの決断がここにはあります。どちらを選んでも後悔が残る。それでも選ばなければならない。その重さを、読者はすでに信や政の歩みを知っているからこそ、より深く受け取ってしまう。『キングダム』を追い続けてきた人ほど、娯楽として読み流せない一巻だったのではないでしょうか。
国際政治学者。ハーバード大学大学院博士課程修了。日本のマスメディアでは決して報道されない、欧米政府が扱うレベルの政治・経済の動向、そして市民レベルの情報も踏まえて、文化、思想、宗教など多方面から分析し未来を的確に見抜くその予測能力は、内外の専門家から高く評価されている。
\ すでに購読さている方はコチラ /



