漫画サブカル
Jun 1, 2025
ゲスト
橘右 之吉

寄席文字の魅力をさらに掘り下げる第二弾では、橘右之吉師匠の修行体験や芸人たちとの交流を通して、“筆一本に込められた覚悟”を描き出します。掃除や所作にまで意味を宿した弟子時代の学び、名札や看板に刻まれる祈り、そして芸人と文化をつなぐ一字の重み。寄席文字は単なるデザインではなく、人を結び人生を映す「生きた文化」でした!
※寄席文字…寄席の番付やチラシなど、落語の世界で用いられる独特の書体。太く、余白が少なく、右肩上がりに描くのが特徴で、客入りを祈る縁起を担いで書かれます。
師匠が文字の道に入るきっかけは、意外にも銭湯でした。壁に飾られていた寄席文字に心を奪われ、「自分も書いてみたい」と思ったことが始まりだったのです。やがて橘右近師匠に入門し、筆一本で生きる道を選択。文字が単なる趣味ではなく、人生を切り拓く仕事となるまでの原点には、庶民の日常に根ざした出会いがありました。

入門後の修業は、筆を握ることよりもまず「人としての基礎」を叩き込まれる日々。掃除の仕方、水の扱い、座り方や立ち居振る舞い。生活すべてが修行だったのです。師匠から繰り返し言われたのは「字は心を映す」ということ。形をなぞるだけではなく、所作や姿勢が文字に表れるという教えは、寄席文字を超えて“生き方”そのものを学ぶ時間でした!
寄席文字が芸人の人生に深く関わることを象徴するのが、名人たちとの逸話です。なかでも立川談志のエピソードは印象的でした。ある日、掲げられた看板の文字を見て「今日はもういい」と言い残し、そのまま帰ってしまったのです。それほどまでに、芸人たちは寄席文字を芸の空気や舞台の格と重ねて見ていたのだと言えます。一字に込められた力が、人の心と場の流れを左右する。寄席文字の奥深さがそこにありました。

「江戸文字書家になった経緯」
銭湯から始まった書家の人生
「ゼロから教わった修業時代」
師匠・橘右近から教わったこととは?
「名人との思い出」看板を見て立川談志が帰ってしまった理由
看板を見て立川談志が帰ってしまった理由
第二弾を通して強く感じたのは、「寄席文字は人生そのものを映す鏡だ」ということでした。銭湯での偶然の出会いから始まった師匠の歩み、掃除や所作にまで意味を込める修行の日々、そして看板を見ただけで芸人の心を動かしたという談志師匠の逸話。その一つひとつが、文字が単なる記号ではなく、人の心や場の空気を左右する“生きた存在”であることを教えてくれます。私たちが普段何気なく見ている看板やフォントにも、もしかしたら人の覚悟や物語が宿っているのかもしれません。そう考えると、街を歩く視線さえ少し変わる。そんな気づきを与えてくれる時間でした。
東京都台東区出身の寄席文字書家。1965年に橘右近へ入門し、1969年に「橘右之吉」を襲名。国立劇場や演芸場のポスター題字、社寺の奉納額など幅広く手がける。ミニ千社札や「消し札」を考案するなど新しい試みにも挑み、伝統と現代をつなぐ筆仕事で多くの人々を魅了している。
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