藤井 厳喜


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深夜の街を歩きながら、泣いている人を探す猫がいる。深谷かほる氏の漫画『夜廻り猫』の主人公・遠藤平蔵は、涙の匂いを嗅ぎつけ、心で泣いている人のそばに静かに寄り添う。藤井厳喜が「現代人情噺」と表現するこの作品は、手塚治虫文化賞短編賞を受賞し、台湾でも大きな反響を呼んだ。家族・地域・会社という共同体が次々と崩れ、人と人が分断された時代に、なぜこの漫画がこれほど多くの人の心を掴むのか。今の日本社会に何が失われ、何が残っているのか。読み終わると、世の中の底辺でひっそりと頑張っている人たちへの眼差しが変わるはずだ。最後まで読めば、あなたも今夜この猫に会いに行きたくなる。
頭の上に猫缶を帽子のように載せた猫・遠藤平蔵と、片目の子猫・重郎が夜の街を歩く。「泣く子はいねが」と呼びかけながら、涙の匂いを辿って心が折れた人のそばに現れる。「ブリ大根煮てるだけ」と答えたおばあさんに「いや、心で泣いておろう」と言い当て、話を聞き、料理を一口食べて「こんなうめえもの初めてだ」と言い放つ。その一言で「五十年ぶりに料理を褒められた」と涙するおばあさん。この1話の中に、人情噺の本質が凝縮されている。いじめ、競争に疲れた人、孤立した老人、深夜の夜食。社会の底辺に生きる人たちの日常を、猫という存在が柔らかく照らしていく構造が、全807話にわたって続く。

今の日本社会の特徴を「物理的な危険は減ったのに、心の置き所がない社会」と表現する。交通事故死は昔の4分の1以下に減り、犯罪件数も下がった。しかし農村から都市へ出てきた人々の受け皿だった「会社という村」が崩壊し、家族・地域・職場という共同体がことごとく解体されていった。高度成長期には「明日はもっと豊かになる」という希望があったが、それが消えた今、人は共同体も希望も持てないまま孤立している。だからこそ、夜の街で「お前さんなぜ泣く?」と問いかける猫の存在が、これほど多くの人の心を掴む。これはノスタルジーの物語ではなく、今この瞬間を生きる人への人情噺だと藤井は語る。
『夜廻り猫』は台湾でも翻訳出版され、深谷かほる氏が現地を訪問して現地の読者と交流するほど人気を集めた。藤井がこれを「嬉しい」と語るのは、人と人の情の触れ合いを大切にする感覚が、台湾という国にも根付いているからだという。日本文化に近い土壌を持つ台湾の人々が、言葉の壁を越えてこの漫画の温かさを理解した事実は、情を大切にする文化の普遍性を証明している。累計63万部、手塚治虫文化賞、テレビアニメ化。これだけの支持を集めているということは、競争と分断の時代にあっても、優しさや情を求める心は消えていないということだ。その事実そのものが、今の日本にとっての1つの希望だと藤井は言う。


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「心で泣いておろう」と言い当てる猫が現代の孤独に刺さる
分断された時代に遠藤平蔵の人情噺が響く理由
高度成長が終わった後、日本人が失った「共同体」という居場所
会社・家族・地域の崩壊と、それでも優しさを求める人たちの話
台湾で63万部。国境を越えた「情」の普遍性
深谷かほる氏の反響が示す日本の希望
「五十年ぶりに料理を褒められた」というおばあさんのエピソードは、短い1話の中にこれだけの人生が詰まっているのかと思わされました。人情噺という言葉がこれほどしっくりくる漫画もなかなかないと感じます。高度成長の時代は物は少なかったけど夢があったという話と、今は安全になったのに心が置き所を失っているという話の対比が、じわじわと刺さりました。台湾の人たちが翻訳でこの温かさを受け取っているという話も嬉しかったです。競争に疲れた時代に、猫が夜回りをしているという設定が、なぜかとても理にかなっていると感じる漫画でした。

国際政治学者。ハーバード大学大学院博士課程修了。日本のマスメディアでは決して報道されない、欧米政府が扱うレベルの政治・経済の動向、そして市民レベルの情報も踏まえて、文化、思想、宗教など多方面から分析し未来を的確に見抜くその予測能力は、内外の専門家から高く評価されている。
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