藤井 厳喜


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「大物スパイは、黒い服を着た怪しい人間じゃない」知性があり、教養があり、誰からも好かれる魅力的な人物こそが、本物のスパイだと藤井厳喜は言い切る。累計1億部を突破した漫画『キングダム』の70巻に描かれた多重スパイ・姚賈の壮絶な場面を軸に、2200年前の秦の情報戦から現代の中国共産党の諜報活動、日本のセキュリティクリアランス制度の欠陥まで、すべてが一本の線でつながっていく。アメリカ軍分析官が4万2000ドルで台湾有事の機密を売った事件、議員秘書が諜報網に自ら売り込む「素人スパイ」の実態。これは遠い国の話ではない。身近なところに潜む諜報の現実が見えてきます!
1億部を突破した漫画『キングダム』の最新刊に、藤井が「感動した」と語る場面がある。秦のスパイとして諸国に潜入していた姚賈が、実は趙・魏・楚・斉すべての国に「あなたのために秦を裏切ります」と売り込んだ多重スパイだったと発覚する場面だ。正体がバレた姚賈は慌てるどころか、李斯に向かってこう言い放つ。「私を失えば、秦の中華統一は10年遅れる。いや、永久に実現しない」と。軍力による表の力と諜報による裏の力の両方なくして天下統一はないという姚賈の論理は、2200年前の話とは思えないほど現代の国際情勢と重なる。韓非子の思想・孫子の情報戦重視・法家思想が絡み合うこのシーンは、漫画の枠を超えて地政学の教材として読める。

2024年3月にアメリカ軍の分析官コルベイン・シュルツが、中国へ機密情報を漏洩した罪で起訴された。金額はわずか4万2000ドル。しかし彼は高レベルのセキュリティクリアランスを持つ人物だったため、台湾有事の際の米軍行動計画が中国側に渡った可能性がある。アメリカにはこうした小さなスパイ事件が複数報告されているが、日本のメディアはほとんど報じない。さらに問題なのは日本側だ。セキュリティクリアランス制度をようやく導入し始めた日本は、長年この仕組みを欠いていた。アメリカが日本に本当の情報を教えたがらなかった最大の理由の1つがここにある。情報が日本に渡れば、中国共産党や北朝鮮に筒抜けになるリスクがあったからだ。
本物のスパイは黒い服を着て闇に潜む人間ではない。知性・教養・金・人脈を兼ね備え、誰が見ても魅力的な人物であることが多いと藤井は説明する。ケンブリッジ大学やオックスフォード大学のエリートがソ連のためにスパイ活動をしていたイギリスの実例がそれを証明している。さらに見逃せないのが「素人スパイ」の存在だ。参議院議員の秘書を務めていた中国出身の女性が諜報活動をしていたとみられるケースのように、最初からスパイとして送り込まれた人間でなくても、要人に近づいた段階で中国共産党の諜報網に自ら売り込む人間が出る。日本の高級クラブのマネージャーの中にも、中国公安から送り込まれた人物が必ずいるという話は、諜報戦が意外なほど身近な場所で起きていることを示している。


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1億部の漫画に、現代スパイ論の教科書が隠されていた
姚賈の多重スパイ告白が照らす2200年前から続く情報戦の本質
クリアランス不在が招いた同盟の空白
4万2000ドルで機密を売った米軍分析官と日本の諜報の欠陥身近な「いい人」がスパイかもしれない
素人がスパイになる構造と大物ほど爽やかな理由
『キングダム』は読んだことがありましたが、こんな読み方ができるとは思いませんでした。正体がバレた姚賈が「私を失えば天下統一は10年遅れる」と言い放つ場面を、地政学の文脈で読み直すと、漫画の解像度が一段上がる感覚がありました。2200年前からチャイナがスパイ合戦を国家戦略として持っていたという話を聞くと、現代の中国共産党の動き方が歴史の延長線上にあるとわかって、ただ怖いというより妙に腑に落ちます。「大物スパイほど魅力的な人間だ」という言葉は、詐欺への警戒にもそのまま使える。知ることは身を守ることだと、改めて感じた回でした。

国際政治学者。ハーバード大学大学院博士課程修了。日本のマスメディアでは決して報道されない、欧米政府が扱うレベルの政治・経済の動向、そして市民レベルの情報も踏まえて、文化、思想、宗教など多方面から分析し未来を的確に見抜くその予測能力は、内外の専門家から高く評価されている。
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