藤井 厳喜


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零戦はなぜ世界最強になれたのか。そしてなぜ、たった数年で陳腐化したのか。藤井厳喜の新戦略論体系「ドゥーエ・ミッチェル航空戦略」編は、この問いを入口に、技術革新と戦略の失敗が繰り返されてきた日本の歴史的パターンを鋭く照射する。制空権を世界で初めて実現した国が、なぜ原爆投下を許し、戦艦大和を沈められたのか。そしてその構造は、半導体産業の凋落、AI時代への乗り遅れとして現代にも繰り返されている。しかし同時に、台湾のTSMCが証明するように、日本にはまだ逆転できる可能性がある。過去の失敗を戦略で学ぶことが、未来を変える。最後まで読めば、その確信が生まれるはずです。
1940年、日本は世界最強の戦闘機・零戦を生み出し、空母機動部隊という全く新しい戦術を世界で初めて実現した。マレー沖海戦では、航空兵力だけでイギリスの東洋艦隊を撃滅するという、誰も想像しなかった戦果を上げた。後発の国が技術革新に集中することで世界のトップに立てる。零戦はその生きた証明だ。しかし同時に、破壊的イノベーションを起こせず零戦の部分改良に終始した日本は、アメリカの工業力と集中投資によって逆転され、制空権を失った。制空権を失えば制海権も失う。この教訓は、現代のAI・半導体競争にそのまま当てはまる。歴史は繰り返す、というより日本は同じ失敗を繰り返している。

広島・長崎への原爆投下は、なぜ起きたのか。原爆があったからではない。日本が制空権を失っていたから、B29の侵入を許してしまったのだ。この藤井の指摘は鋭い。東京大空襲で一晩に10万人が命を落としたのも、戦艦大和が空からの攻撃だけで撃沈されたのも、すべて制空権を失った必然の結果だ。しかも皮肉なことに、大和撃沈はかつて日本自身がマレー沖でやったことの「二の舞」だった。世界で初めて航空兵力だけで敵艦を沈めた国が、同じ手で沈められた。この構造的な失敗の繰り返しこそが、戦後日本の半導体産業の凋落にも共通するパターンだ。
1985年、日本は世界一の半導体生産国だった。それがたった40年で台湾TSMCに追い抜かれた。しかし今、パランティアのCEOが日本に向けて「ソフトウェアはアメリカ、ハードウェアは日本」という分業を呼びかけている。これは、零戦の時代に後発国だった日本が国力を集中して世界一の戦闘機を作り上げたことと、構造的に同じ可能性だ。台湾がTSMCという「選択と集中」で世界を動かしたように、日本もAI・ロボット・半導体製造機械という特定分野に集中することで、アメリカと対等な取引ができる国になれる。「天から降りてきた縄のようなもの」と藤井は言う。この機を掴めるかどうかが、日本の今後30年を決める!


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零戦はなぜ世界最強になれたのか
後発国・日本が技術革新で世界のトップに立った、驚くべき戦略原爆が落ちた本当の理由
広島・長崎の悲劇は、制空権を失った必然の結末だったパランティアが日本に呼びかける理由
AI時代の日米分業が開く、日本復活への最後の扉
「制空権を失ったから原爆が落ちた」という言葉を聞いた瞬間、思わず頭の中で歴史の地図が組み直された。原爆投下をB29の話として捉えていたのが、制空権という視点で見ると全く違う問いになる。そういう「見方が変わる」瞬間が、今回の話には何度もあった。零戦の栄光から大和の悲劇まで、同じ失敗パターンが現代の半導体産業にも繰り返されているという指摘は、歴史を学ぶことの実践的な意味を改めて感じさせた。パランティアCEOの日本への呼びかけが「天から降りてきた縄のよう」という表現も印象的で、チャンスは向こうからやってくることもあるが、掴む側に準備がなければ意味がないと気づかされた。戦略を学ぶとは、過去の失敗を他人事にしないことだと学ぶことができました。

国際政治学者。ハーバード大学大学院博士課程修了。日本のマスメディアでは決して報道されない、欧米政府が扱うレベルの政治・経済の動向、そして市民レベルの情報も踏まえて、文化、思想、宗教など多方面から分析し未来を的確に見抜くその予測能力は、内外の専門家から高く評価されている。
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