野村胡堂が江戸に隠した言葉の謎

野村胡堂が江戸に隠した言葉の謎

今、解き明かす

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その他

藤井 厳喜

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「野僧に慣れた手」「鳥目をやろうか」「金猫銀猫」銭形平次の文章を読んでも、こんな言葉の意味、すぐにわかるだろうか。今回読み解くのは、銭形平次の"言葉の謎"だ。95年前に書かれた娯楽小説には、当時の江戸っ子なら誰でも知っていた「生きた言葉」で溢れている。それが今では、注釈なしでは読めないほど失われてしまった。言葉を一つひとつ解きほぐしていくと、見えてくるのは江戸の町の空気、人情、そして野村胡堂が込めた理想の世界だ。「日本の宝」とまで藤井厳喜が言い切る理由が、最後には必ずわかるはずです!

1.「野僧」「鳥目」「小菊」江戸言葉は謎だらけ

1.「野僧」「鳥目」「小菊」江戸言葉は謎だらけ

銭形平次の冒頭に登場する「野僧に慣れた手」という表現、現代人にはまず意味がわからない。藤井が広辞苑で調べると、「野僧」とは着物の袖から手を抜いて懐に入れ、握り拳で肩を突き上げる江戸の職人や博徒の仕草のこと。「鳥目」は穴あき銭が鳥の目に似ていることから「貨幣(コイン)」の意味、「小菊」は花ではなく茶の湯の釜敷などに使う粗末な和紙のこと。どれも当時の人々には当たり前の日常語だったはずが、今では注釈なしでは読めない。言葉の変化が、そのまま時代の変化を映し出している。

2. 「金猫・銀猫・櫓下・船比丘尼」江戸の裏社会が小説に生きている

2. 「金猫・銀猫・櫓下・船比丘尼」江戸の裏社会が小説に生きている

作中で容疑者が白状する「本所のあたか長屋で丸太を相手にしていちゃ、口が利けないのも無理はありません」という一文は、当時の読者には一発でわかる表現だったと藤井は解説する。「金猫・銀猫」は上げ代の違う遊女の隠語、「櫓下」は深川の永代寺門前、火の見櫓の下に広がった非公認の歓楽街、「船比丘尼」は尼僧の格好をして春を売る女性の隠語だ。さらに「昼三の太夫」とは吉原における最高位の遊女のこと。つまりこのシーンは「安い遊郭に行っていたから恥ずかしくて言えなかった」という意味。江戸の庶民文化がそのまま小説の言葉として生きている。

3. 銭形平次は「日本の宝」

3. 銭形平次は「日本の宝」

藤井が2巻読んで気づいたのは、実は「銭」は思ったほど投げられていないということ。この作品の本質は推理と人情にある。銭形平次は「罪を憎んで人を憎まず」、寛容で心優しい親分として描かれており、そこに野村胡堂が理想とした「あるべき世の中」が重なる。シャーロック・ホームズと助手のワトソンのように、子分のガラッ八とのコンビも絶妙で、383編を通じて主人公は血肉ある実在の人物のようにリアリティを増していく。早くから東京に出て寄席文化に親しんだ野村胡堂だからこそ、これだけ江戸の言葉と風情を作品に刻み込めた。藤井は「今流行りのものより銭形平次を読め」と笑顔で勧める。純文学より劣るどころか、これは日本が誇る本物の娯楽・大衆文学だ。

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内容紹介

内容紹介

  1. 95年で消えた言葉が語る"江戸の空気"
    大衆小説に刻まれた江戸言葉の世界


  2. 裏社会の隠語が教える"庶民文化のリアル"
    江戸の町の生々しい日常が小説に宿る理由


  3. 銭形平次はなぜ383編も続いたのか
    野村胡堂が描いた「あるべき世の中」の正体

編集後記

編集後記

言葉って本当に生き物なんだなと改めて感じました。95年前に書かれた大衆小説が、今では注釈なしでは読めない。でもその言葉を1つひとつ調べていくと、江戸の町の空気や人々の暮らしがリアルに浮かび上がってくる。藤井先生が「落語にしたらいい」と言った感覚も妙に腑に落ちた。銭形平次はエンタメであり、文化の記録でもあるんだと。読んでみたくなりました!

 

プロフィール

プロフィール

藤井 厳喜

藤井 厳喜

国際政治学者

国際政治学者

国際政治学者。ハーバード大学大学院博士課程修了。日本のマスメディアでは決して報道されない、欧米政府が扱うレベルの政治・経済の動向、そして市民レベルの情報も踏まえて、文化、思想、宗教など多方面から分析し未来を的確に見抜くその予測能力は、内外の専門家から高く評価されている。

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